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金沢地方裁判所 昭和34年(行)7号 判決 1963年4月05日

原告

米口睦郎

被告

石川県教育委員会

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和二四年一〇月三一日付をもつてなした免職処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

原告は、石川県教育職員であり、石川県立大聖寺高等学校教諭として勤務していたものであるが、昭和二四年三月三一日被告から、右高等学校長を通じて、依願退職せよとの勧告をうけた。そこで、原告は当時の大河石川県教育長に対しその理由の明示を求めたところ、右は米国軍政隊の指令によるものであると言明した。そして、被告は、昭和二四年一〇月二六日同月三一日付で原告を免職処分にした。しかし、処分理由が明示されなかつたので、原告は引続き前記高等学校に登校しようとしたところ、不法侵入を理由として登校を拒まれ、以来離職の止むなきに至つている。

しかし、本件免職処分は、原告が日本共産党員または同党の支持者であることを理由とするもの、すなわち原告の政治的信条や思想そのものを理由とするものであるから憲法第一四条、第一九条、第三一条および労働基準法第三条に違反し無効である。

また、本件免職処分当時原告は石川県高等学校教職員組合小松支部の斗争委員であり、熱心な組合活動家であつて、本件免職処分は原告の正当かつ活発な組合活動をも理由とするものであるから労働組合法第七条第一号に違反しこの点からも無効である。

よつて本件免職処分の無効確認を求めるため本訴請求に及んだと述べ、

被告の本案前の抗弁に対し、原告が被告主張の日被告主張の選挙に立候補の届出をしたことは認める。しかし、次に述べるとおり、原告については公職選挙法第八九条、第九〇条は適用されるべきではない。すなわち、

公職選挙法第八九条の立法趣旨は、公務員が「現に」公職に従事しながら立候補することが選挙の公正と公務員の中立性に反するおそれがあるため、これを防止するにあるものと解すべきところ、原告は被告の不法な免職処分と登校妨害により「離職」させられていたのであるから、かかる状態のもとでなした原告の不法な免職処分と登校妨害により離職させられていたのであるから、かかる状態のもとでなした原告の立候補届出には同法第九〇条は適用されるべきではない。

また、被告は自ら原告を不法に免職したうえ原告の登校を妨害して「離職」させたのであるから、被告が原告の立候補届出を捉えて公職選挙法第九〇条を援用することは禁反言の反則に照らし許されないと述べ、

証拠として、証人織田信治、同辻野栄作の各証言を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は、本案前の抗弁として、主文第一項と同旨の判決を求め、その理由として、

原告は、昭和三〇年四月一七日石川県江沼郡動橋町町会議員選挙に立候補の届出をなした。したがつて、原告がその主張のような公務員としての地位を保有していたとしても、公職選挙法第九〇条により右立候補届出の日に公務員たる地位を辞したものとみなされ、現在においては公務員たる地位を有しないものであるから原告はその身分の回復を求めるに由なく、本件確認の訴は確認の利益がないと述べ、

本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、原告が原告主張の職にあつたこと、被告が原告主張の日原告主張の日付をもつて原告を免職処分にしたことは認めるが、その余は争う。被告が原告を免職処分にしたのは原告主張の理由によるものではなく、次の理由によるのである。すなわち、

昭和二四年一〇月四日石川県教職員定数条例(石川県条例第一九号)が定められ、同条例第一条により定められた教職員の定数に比し、当時の教職員の実数に夥だしい過員が生じた。そこで、被告は右過員整理のため、右条例第二条第三項、官吏分限令第三条等の法規に基づき、当該教職員の年令、給与、勤務実績、資格条件、適格性等を総合的に考慮のうえ、適切相当な裁量により、原告を含む教職員の免職処分をなしたものであつて、本件免職処分は適法なものである。

なお、原告が整理対象人員に選ばれた具体的理由は概ね次のとおりである。すなわち、原告は、大聖寺高等学校の教諭として数学を担当していたものであるが、数学の授業中、授業を停止して共産党の宣伝鼓吹に努め、そのため数学の授業の進行が著るしく遅れたうえ、父兄から学校に対し教場での偏向思想の鼓吹は困るとの苦情が絶えなかつた。これについて、原告の上司たる学校長において数回注意したが、原告に反省の色がみえなかつたところから、原告は教育基本法第八条によつて禁止されている偏向教育をなすうえ、教育効果を挙げない不適格者であるとして整理対象人員に加えられたものであると述べ、

証拠として、乙第一号証、第二号証の一ないし三、第三ないし第五号証を提出した。

理由

原告が石川県教育職員であつて、石川県立大聖寺高等学校教諭として勤務していたこと、被告が昭和二四年一〇月二六日同月三一日付で原告を免職処分にしたこと、その後昭和三〇年四月一七日原告が石川県江沼郡動橋町町会議員選挙に立候補の届出をなしたことは当事者間に争がない。

そこで、被告の本案前の抗弁について判断する。

原告は、公職選挙法第八九条の解釈について、同条は「現に」公職に従事している公務員についてのみ立候補の制限を定めたものであつて、離職中の公務員については同条の制限はないものと解すべきであるとし、離職中の公務員が立候補の届出をしても、同法第九〇条は適用されない旨主張する。しかし同法第八九条は、単に「公務員は在職中公職の候補者となることができない。」と規定しており同条の文言から、在職中の公務員のうち、現に公職に従事しているものと離職中のものとを別異に扱うべき根拠を見出すことはできない。のみならず、選挙の公正と公務員の中立性維持のため、在職中の公務員について立候補の制限をなすべき必要は当該公務員が現に公職に従事している場合と離職中である場合とにより異るものということはできず、前記法条の立法趣旨の点からも原告主張のように解することはできない。

また、原告は、不法な免職処分と登校妨害により原告を離職させた被告が、公職選挙法第九〇条の適用を主張することは禁反言の原則から許されない旨主張する。しかし、原告に対し右法条が適用されるのは、原告が自らの自由な意思により公職の候補者として届出をしたためであつて、被告の免職処分ないしは原告の離職と右法条の適用とは全く関係がないのであるから、原告の右主張は理由がない。

右のとおり原告の主張はいずれも採用し難く、公職選挙法第八九条第一項各号列挙の公務員でなく、したがつて公職の候補者となることのできない原告が、公職の候補者として届出をしたものといわざるをえないから、同法第九〇条により原告はその届出の日に当該公務員たることを辞したものとみなされ、それ以後公務員たる身分を有しないことは明らかである。したがつて、原告は、本件免職処分が無効であつても、もはや処分前の身分を回復するに由なく、右免職処分が無効であることの確認を求める利益がないものといわなければならない。

よつて、原告の本件訴は訴の利益がないので、これを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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